覚者慈音690  未知日記 第三巻  念力集    伊東慈音

覚者慈音690
未知日記 
未知日記 第三巻      
安楽の巻     
        その2      
            
                 ミキヨウ貴尊講述


 人間には神経と称する網膜ある如く、地球にも電気と称する網膜あり。是に感じて肉体は苦痛を増し、又快感を覚ゆることは一般の知る処なるが、此神経を苛すものは気の持ちかたによると云ふも、汝等の知る処なり。されば、現在さわがれつつある電波も此理より研究せば進歩も早かるべきに方向を誤り居るために、達成は延滞し居れるなり。人間の神経の如く、地球の電導網を考ふれば可ならん。是は又後に説くとして、神経と念と暗示について、此関係を少しく語るべし。
 神経の敏感なる人と、鈍感なる人と又特に不死身と称する無神経のものと三種ありて、是等はみな念の力も大に異なるなり。神経過敏なるは念も亦強く働く。是は人体電気によりて気光素の作用を増す故なり。鈍感なる者は念の力も鈍感なり。
 然しながら鈍感には二種ありて行力勝れて身心をきたえて、鈍感となし居るものと、天性の鈍感とあり。天性鈍感なるは念弱はく。修行より通達せる鈍感は念力を自由自在に働かし得る力あるなり。又敏感なる者に於ても、天性の過敏と病的のものとの二種あり。天性は念つよく、病的は念に変動を来すなり。故に一進一退する故に、不安の念となる。
 さて不死身のうちにも三種あり。一は肉体の鍛錬によるもの、二は天性に現はれしもの、三は病的より生ずるものにして、一の者は念の力にて我慢強く、二の者は念弱はけれども無痛無感覚なり。三の者は念を別として、唯麻痺症状によりて痛苦を感ぜざるなり。是等三種のうち病的の多くは遺伝性より来るは、生理学より立証されたる事実なり。されば血族に於ては重き役目を有し居ることに留意して、結婚は軽々しく結ぶべからず。是等の事についても亦暗示作用より受くる現はれについても、奇妙の作用あれども、是等の論説或は方法等については、次の心霊雑話に於て詳しく述べることとして此講を閉づる事とせん。
 最後に臨みて一言す。そは念力は思ひと誤解せざることなり。思ひは念を作ると云ふ結果なれど、唯思ひのみにて念とならざること多ければ、ここに注意せざれば修行の妨害となること多し。よく悟るべし。
 



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