覚者慈音676  未知日記 第三巻  念力集    伊東慈音

覚者慈音676
未知日記 
未知日記 第三巻      
念力集     
        その10      光の巻
        信仰の念を強くせよ
        
                 ミキョウ貴尊講述
                 テッシン貴尊講述
                 円海大師講述


 暗より光へ、然して光明を輝かす念を養はざるべからず。此信仰によりて気光素は空源力に化せられて働く結果、勇気は増し信仰は愈々(いよいよ)向上の道を明白ならしむ。されば心の苦痛苦悶は取り除かれて影を止めず。然してさわやかになり行くは是即ち、空源力の現象の不可思議なることを悟るに至るべし。
 気光素は労作の機械の如く、四線の其に属すに依って用いらるれど、空源力はその組織線の全きを得ざれば現はれざるにより、正しきにあらざれば却って気光素の働きを静止せしむ。されば悪魔も是を知りて正しき方に用いて悪事を全うするなり。所謂組織によりて破壊する逆法に出づるなり。故に神の眼を避けて近寄らず、逃げ惑ふ。斯ることに神は気を止め給はざるなり。悪魔を亡さんとせば其力は道路の小草をぬくよりも易けれども、神は是を捨ておき給ふには大なる御心ありてならん。空源力はもとより悪魔についての理論を更に説くべけれどここには省略す。
 信仰を強めるには神の有無を捨てて、神を求むる心にて行ずるなり。親は失へる子を尋ね求むる如く、子は棄てられたる親を尋ね求むる如く、真剣に尋ね求めて信仰の度を増すことに努力せば、必ず廻り会ふことあらん。喜ぶ心、感謝の念、神に通せざる道理なし。汝の親は何とて汝を棄つることあるべき。何日とは知らぬうちに汝は救はれ居ることを覚るなり。そは空源力は神妙不可思議の働きあるによりてなり。
 善と悪とみな神、親の言葉と聞かば、如何でか腹立ち悲しみあるべき。又他をも怨み且つ妬み謗る念の起る道あるべき。却って戒めと悟りて喜悦となるべき筈なり。我は文宇に囚はれざれば、汝等は我を疎んずべし。されど我は学者に語るにあらず。無学の人、是より世に処して進まんとする小児に是を教へんことを望めばなり。
 空源力は大慈悲の光明なり。修行して此力にすがる念こそ望まほしきなり。此光明は汝の身にあり。汝の心に在り。汝の身心は神の恵み給ふ空源力に依りて生れたるなれば、気光素の起るも空源力によることを悟りたるならん。肉体は自然作用によりて科学の作用なりとか、生意気なる無駄口を信じて信仰の妨げとなるべき愚痴をに入るること勿れ。悪なくんば善を知るあたはず。故に神は善行をなさしめんがため、悪行を残して善の手本となし給ふならん。されば善にはもとより神の影あるは勿論悪にも亦影ありて常に見守り給ふ。故に善悪を超越すれば神の影のみ残ることは当然なり。善悪を超越すると云ふは、善の道理を悪に依りて知らば悪は破壊され、善は組織さるるを以て超越することを得るなり。斯くして神の影は汝等が身に又心にあらば何ぞ怖るることあらん。

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