覚者慈音653  未知日記 第一巻  行法    伊東慈音

覚者慈音653
未知日記 
未知日記 第二巻  行法    
第六     気光素の作用と其力     
      その一
         
                 テッシン貴尊講述


 気光素の原理は大要前述の如し。地球に於て電子原子と云ふことのある以上光子と云ふもののありと云ふも可ならんか。学者間に於て是を認めるとも認めざるとも是は別として、我は気光素を語る上に於て便宜上此光子なるものありとして論旨を進むべし。何となれば光子は熱を伴ふものと、又伴はざるもの、即ち有熱性と無熱性との二種あるによつてなり。所謂光体性は有熱にして、気体性は無熱に属するを以て、その両性より起る気光素も又両性に通ずる故に、或場合には有熱に又或場合には無熱となるなり。
 例へば人間によりて熱情的と云ひ、又冷淡なりと云ふもみな気光素が、有熱の何れかに作用(はたら)けるを云ふなり。故に有熱無熱の関係なく光ありとせば、光子ありと称するも可ならん。光は光子の集合と云ふも理なるべし。全宇宙の中心に明暗なき所ありと云ひしは是なり。汝等は推理せよ。汝の想像に任かすべし。
 光子はもとより無色なれども、其周囲の環境によって様々の色に化するなり。恰も鏡の如き感じと知るべし。空間には種々の色を持つ光の現はるるは、動気の渦の中にある不動気に、集合せる光子に、月星の反射作用によって生じたるものなり。海面に生ずる光も蛍火と同様なり。然れども是は潮流と気圧の関係によりて、塩分に光子の集るものにて、淡水には稀なることなり。淡水のある処は多くの場合、この附近には山塩の多量産出ある事と知るべきなり。この他竜の天上するとか云へるも不思議なることにあらず。古池などに蓄積されたるガスによって起る、竜巻に、気光素の働くによる現象にすぎざるなり。この他に弧火とか天火とか云ふ事も、大概はこの類に基くものなり。又人魂には後に説くべき事あり。この他種々の事柄多き中に塩の育母素の中には、光子の含まれある事を附言しをくべし。是は後に説く塩についての場合なればなり。
 この他光については種々なる事多けれども、観察せばみな光子と気光素の働きによるものにして敢て奇とするに足らざるなり。気光素の力は小にしては斯る小さき事より、大には宇宙全体に及びて著しき働きを示めすなり。我は汝等をして科学者たらしめんとして斯ることを示めすにはあらず。唯神の道を説きて汝等を導くための順序として、行法による順序として、迷信正信の区別を明白ならしめんがための説明上説きたるにすぎざるなり。故に専門的に渉ることは是を避けて、愈々(いよいよ) 人道について気光素の作用を主として述べんとす。人は肉体より心の安逸を計る事は既に述べたるところなるが、今更是を捨つる事は難しと思ふは当然なり。肉体を持つ以上、肉体を離れよと云ふは無理なり。我等はよく是を知る。然れども今迄論じ来りたる事柄は、肉体の苦を離れなば真の安楽は得らるる所以を説きたるに他ならず。されば肉体を持つ以上如何なる法を用ゆるとも脱すねこと能はざるかと云ぶに、決して不可能にはあらず。是には確かなる方法あるなり。

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