覚者慈音644  未知日記 第一巻  行法    伊東慈音

覚者慈音644
未知日記 
未知日記 第二巻  行法    
第二    昔を捨て昔にかへれ     
その三    その弐
         
                 テッシン貴尊講述


 精神病者にも種々あり。梅毒遺伝性、心身過労、虚弱者の気候より受くる影響等様々なり。是をよく観察診断して是に応じて療法を行はば、徒に迷信療法を用いる者なきに至らん。
 是には昔より伝へられたる灸治療法もあり。音楽療法もあり。催眠術法もあり。脳梅毒すら根治法は古来より伝はれるなり。精神病者には安静を要するものと、又同化作用を要するとの二法あり。すべて精神病者の眼光は一種異様の光ありて、視線を定めず、ぎょろりとして、凄味る者多し。是気光素の破壊に傾きあればなり。故に同化作用とは其程度を計り、彼と我と同程度の気光素を計りて、先づ彼と一如とならば、彼は倦怠を感じて眠りに入るものなり。すべて精神病者のみならず、他の病者にも気光素応用の治療を施せば大概治癒す。気光素の原理応用については順次課題を改めて説くべし。
 迷信正信は昔より絶えず行はれ来て、尚止むことなし。我の最も遺憾とする処は、神に対する迷信なり。人間は己に及ばざる事を行ふものあらば、直ちに其者を神の如く敬するはあさはかなることなり。此事は昔も今も変化なし。
 例へば始めて面会せしに先方は我を見て、近きうちに喜悦ありと云ひしが、果して然り。彼は神の如しなど云へる類なり。斯る浅薄なる事に於ても直ちに是を神業と推定して敬ふ如き態度を持つが為に真の信仰は得られざるなり。人間の信仰は余りに軽はづみなり。故に熱し易く又冷め易し。
 今この例について観察を加へ見るべし。始めに面会せし時、相互に相手の人格を計るものにて、この人は如何なる人物ならんと気にて気を計る事は、即ち気光素なり。然る時一方の気光素優れたるもの、仮に低き人の喜悦を生ずるに依って近きうち喜悦あらんと云ひしに、偶然是にあてはまりたるに過ぎざる事多し。所謂ご機嫌取りが変じて敬せらるる結果となりしと云ふ例もあり。又人格高き人はたとひ真に其悦びある事を知りたりとも軽はづみに語るものにあらざるなり。
 我、少時ここにて汝、慈音に告ぐ。汝、神を恐るるは宜しからず。恐れて却って神の真を失ふことあればなり。神が語れと命ぜし事は固く守りて語るべし。口に言葉を含むこと勿れ。(貴尊の云われる神とは教主寛大の意)
 汝等の魂は昔より今に至る迄尚清し。魂を包める襤褸布は汚れにまみれて汚れたり。此布を脱げよ。さらば昔の清き昔にかへらん。明玉を襤褸布に包みて何かせん。早く昔を捨てて清き昔に立ちかへれ。汝等は祖先より昔を捨てて今日に至る。故に祖先の生れたる処に帰らば、所謂昔をすてて昔にかへるなり。かへらずば昔は益々遠ざかり汚れは益々増すのみ。

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