覚者慈音630 未知日記 第一巻  自在論    伊東慈音

未知日記 第一巻  自在論    伊東慈音


第五章       自在観
第一節          其の1



              インショウ、ミキョウ貴尊講述


 人生を安全ならしめんがために、智者は法律法呂を作りて却って、自身其網にかかるあり。法律なくんば愛子は罪に問はるまじきをと怨む母あり。総じて人界の有様はすべての束縛に縛られて自由を失ふ。衣食住に縛られ、義理人情に縛られ、習慣に縛られ、十重二十重の縄は人の心も身も完全にいましむるが故に、身動きさへ許されぬ憂目を見せながら、其裏面にはまんまと法網をくぐり、善者を装ひて悪を計り、成功すれば我智慧の優れたるを誇る。功なれば悪も善となり、功ならざれば善も悪となるは人界のならはしなり。斯る事は神の道に合う事なく、又神の道には斯る法壁なし。法律法呂は別として、衣食住については自己の自由なるべきに是等に囚はるるは何事ぞと参究すべし。我の為になすとも縛られて、迷ひの労苦を重ぬるは誠に愚なる事ならずや。粗服を纏ひ茅舎に住みながら、世人の尊敬を受くる徳者あり。又金殿玉楼住みて栄耀栄華を恣にして、世人の嘲笑を受くるあり。美服に身を飾りても春を売る女は卑し。粗服を纏ひても世の中のひとの為に尽す女は尊しとなすは、地球上の習慣にてはあらざるか。
 千金を得るもの八百金の生活をなさば、金銭に縛られじ。然るに五百金以下の生活をなさば吝嗇(りんしょく)となり、千金の生活をなさば共に金銭の奴となりて縛らるるなり。斯くの如きことを論ずれば限りなし。早く斯る事の束縛を逃れよ。先づ身を低くすべし。会合に処しても上座せんとせば種々なる悩みを受く。下座に甘んじその覚悟を学ぶべし。下座も上座も人格に何等の価値なし。影響もなし。真に人格高ければ下座は上座となり、人格低ければ上座は下座となりて却って低し。衣は寒暑をしのぐに足る。美味美食は却って身を害す。営養の整えるものにて足らん。腹を充すに止めよ。住居は清浄にして塵を止めず、雨露を防がば足るなり。茅屋に住みては徳を以てせば貴賎貧富の別なく集り来らん。是迄の習慣性と悪習の束縛をときて、先づ裸体となるべし。恥づる勿れ。怖るる勿れ。されど裸体となるとも、男女共に下帯迄外せと云ふにあらず。恥づかしきが故にあらず。子を儲くる尊き処なるを以て大切にせよとの意味なれば、深く考慮に入るべきなり。


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