覚者慈音605

               三世と四世論
           未知日記第八巻
           第四の巻
           来世の巻                                                               其の155
    第五     来世の希望は如何
     二     真心を求めよ                                                             其1                 
             リョウジャ.セイキョウ貴尊講述


 唯物主義を捨てて唯心主義に歩みを進めずば世を保たれじとの理は汝等にも頷くところあらん。現在の宗教者はすべて唯神論をはなれて唯物主義に傾き居る傾向を見るに依って、我等は遺憾と思うなり。すべて現在の宗教者は世の中を救済せんとて何々事業とか或は何々主義とかに広く手をのばし居る傾向あり。慈善事業とか称してすべてを唯物主義にて世を構成せんと計るはあしき事にあらねど、宗教者に架せられたる使命は斯る行為はあやまてるなり。宗教者は人の本心に立ちかへらしむる導きによって正しき世の建設するを使命となさざるべからず。真心に立ちかへらしめなば世の中の人はその真心を利用して唯物を自在に使用して世の中を建設する結果となるは火を見るよりも明らかならずや。第一に唯心主義然して唯物主義は第二に置るる道理あらん。かく考うれば宗教者は第一の法則を人類に説き示して第二の唯物主義は人類の意志に任かすにあらざれば宗教者の宗教者たる使命ははたされざるなり。然るに現在の宗教者は是をあやまちて第二の方の教へをなして世を導かんと熱中するため却って己の使命より遠ざかる結果となり居るがために今日の如く、否現在の如き混乱を誘発なさしめたるは、是宗教者の教へが導きがあやまりたるなりと考へて深く反省する必要はあらざるか。我等は宗教者にあらねど道理を道理として序でながら注意なさんとするものなり。汝等此書をよみ否此説を聞かんとするものここに着眼して自己にあたへられたる本心即ち真心に立ちかへりてのち世の中の事柄に対して自由自在の行いをなさば世の中の建設は敢て至難にはあらざるなり。こだま会に於てインショウ、ミキョウが語り居る九流界の人間はすべて肉体生活を機械の運転と心得、真の人類界を精神本位をきて世を安全に治めありとの説を語り居るはその真意は那辺にあるかを汝等深く考慮して工夫し見るべし。肉体は即ち機械なるが故に是が運転を完全ならしむるには燃料も必要ならん。又是を腐食せしめざるよう風雨をしのぐ安全の場処も必要ならん。機械の箇所に故障の生ずるあらば是に対し応急処置をなすの要もあらん。されど目的はその機械によって何ものかを組織せんがための用具なれば目的は組織にあるなり。此理より推理せば人間の使命は明らかに真心を求めずば得られじとの理も察せらるるならん。真心を完全ならしめんがためにあたへられたる肉体を持ちながら真心の必要を感ぜず、肉体の機械に重点をおくは是天の使命に反すとの理に立ち至れば汝等の現在の行いは本末転倒なし居るとは考へざるか。

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