覚者慈音602

               三世と四世論
           未知日記第八巻
           第四の巻
           来世の巻                                                      其の152
    第五     来世の希望は如何
     一     自由と不自由                                                    其1                 
             リョウジャ.セイキョウ貴尊講述


 自由と不自由とか云へる言葉に対して現在汝等が世界に普及なし居る自然主義、自由主義とか称するあり。是を我等に云はしむれば汝等が聞かされ居る自由とは真の自由にあらずして我儘気儘の自由に帰すと我等は思うなり。
 大凡天よりあたへられたる自由と汝等が聞かされ居る自由とには大なる相違あるなり。天の法則に従いて是を守り居るものにあらざれば正しき自由は得られざる道理となる。是を汝等が聞かされ居る自由と対照して考察し見よ。例へば汝等は眠りたければ何時にても眠り、喰いたくば喰い、はたらきたくば働き是を行うことによって真の自由は得らるると考うるならんも、その自由は即ち我儘気儘の自由にして天理に反す。然りとせば正しき自由は那辺にあるかと疑うならん。汝等の現在聞かされある自然こそ何かに束縛せられてそのなわめより脱することを得ざる自然となり居る結果かかる我儘気儘の考へを起しつつあるなり。喰いたくば喰わんとなすとも汝等に食なき時はその希望ははたされざるべし。働かんとして働くべき業をあたへられずば働くを得ざるならん。是自由に自由を得ざるならん。さればこそ汝等は日々の生活に対して何等の心配もなく暮らし居て尚あきたらず、希みを遠くのばして不自由をかこち居るにてはあらざるか。汝等にあたへられたる自由はかくの如き姿にて自由と考うることも最後は不自由の結果となるは是真の自由を得たるにあらざる故なり。汝等財宝によって自由を得るとのみ考へて多くの財宝を有するならば、如何なる自由も得らるるとして唯財宝に縛られ居て却って真の自由の何なるかを知らざるが故に永久安からざる日を送り、然して不平不満の念たゆることあらざるなり。汝等の世界には通貨(金)と云う悪戯者ありて汝等を縛りあるなり。時は金なりとの諺を聞きて感心なせる汝等こそ不憫と思う。汝等にして深く考へずば真の自由を知らずして朽ち果つる恐れあらん。現在世界中に通じある金銀は汝等の世界には大切ならん。されどもし是が通ぜざる世界に持ち行かば何等の価値なかるべし。
 人人との約束はかかる不自由なる結果となる。是自然を無視したる故なり。汝等が世界の一部に色硝子を通貨として用い居る処あり。もし其国に金銀を持ち行くとも何物をも購うことは難かるべし。汝等不自由なる通貨によって生活なし居て真の自由を得んことは難し。肉体の自由を計り居て心の自由を知らざるが故に日々天理に合はざる生活を営みて正しき自由を求めん事翼なくして天に昇らんとするに等し。真の自由とは斯るものにあらず。肉体の動作によって心を安らかになさんとする汝等の行為は天理に反するが故なりと心附かば、心を安らかにして肉体を支配なさば正しき自由の得らるることは察せらるるならん。即ち心は天に従い肉体は心に従いてはじめて真の自由は得らるるは道理なりとの思いを抱きて深く考究し見るべし。




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