覚者慈音555

           三世と四世論
           未知日記第八巻
           第三の巻
           未来の巻        其の107
  第十二      何故神を知らずともよしと云うや                         其の2                                           リョウジャ.セイキョウ貴尊講述


 人は斯る現象を見て神の如く仏の如く恐れ尊ぶが故に信仰の度を却って低く評価なし居るなり。故に信仰の度を高め広めんとするには斯る微々たるものを念頭におきて行ずる如きは愚の骨頂とも云うべきものにして敢て取るに足らざるなり。いやしくも斯る大なる神を見んとなさんより先づ汝等が住む地球に於て汝等日々の生活に対して其事柄より様々に智慧をはたらかせ居らば其にて人間界の任務は果さるるなり。さればその人間界の如何なるかを先づ明らめて後又一段々々と階を重ねて行ぜずば望は果さるるものにあらず。人間界におかれたる以上人間界の任務さへ知らずしてくちはてなば神より授けられたる使命は全うなしたりとは云い難からん。我等先にも語りたる如く宇宙の組織を小さくなしたるものは汝等が持つ肉体と同様の原理なりと教へしを汝等は記憶なし居るや。もし汝等にして是を完全に理解なすならば必ずや神の存在は認識なし得るなり。先づ汝等の肉体全部を宇宙の広大なるものと同様の姿なりと考うる時一個の血粒も星の如く血粒と血粒の間を空間として考うれば霊魂魄心意は何に属するやを知る事を得ん。肉体を支配するは心意にして心意を支配するは魂魄ならん。然してその魂魄を支配するものは霊なりとして考究せば従って神の存在の有無は理解する事を得ん。然りとせば肉体より霊を知らざるはその間に処して魂魄心意の隔あるに依ってならん。即ち肉体は謂はば一個の機械にして是は子孫の増大を計り、或は様々の事をなすにすぎず。宇宙の現象も是に類すと考うればうなづく処あらん。心意魂魄なくんば肉体の機械は運転を中止するの他なかるべし。宇宙にしても亦同様の現象にして、もし是を運転せしむる任務の者なかりせば宇宙のはたらきは静止するのみならず破滅の一途を辿るの他なかるべし。汝等此理を深く追究してよくよく考慮し見よ。肉体には限度あり又是を支配する心意にも従って限度を有す。されば心意の限度を長からしめんには何に依て計るべき。即ち魂魄ならずや。心意の限度尽れば魂魄に帰す。魂魄にも従って限度あらん。その魂魄の限度を霊に帰せしむれば其にて不滅の境涯となるも又理なるべし。是を宗教者は帰心の法と称へ居るなり。肉体に於てすらかかる階段ありて上昇するはたらきありとせば是を宇宙の広大なるものより推理せば従って道をきはむる事も難きにはあらず。汝等の任務は宇宙の限度或はその成行を知らずとも可なり。唯汝等の使命は肉体より心意、心意より魂魄、魂魄より霊と次第に智慧の増大を計る任務をなし居らば其にて使命ははたさるるなり。人間は一躍神にならんなどと考うるは翼なくして天上界にとび上らんとなすに等しければ斯る愚なる事を考へんより寧ろ一段々々と上るがままにまかせ階を重ねなば翼なき汝等にも何日かは人間界を離れて上界に上り行くは難きにあらず。上れざるは汝等が階をふみはづす結果より生ずる過失に他ならざるなり。


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