覚者慈音540

               三世と四世論
           未知日記第八巻
           第三の巻
           未来の巻        其の92
  第七       変化の妙味       その2
                       NO2                         
             リョウジャ.セイキョウ貴尊講述


 現在宗教者の説法に従い其々に帰依なし居る人の心状を見るにすべては身心の信仰にして、魂の信仰にあらざることを自覚する人は幾何ぞ。下界に生存して世を渡る間身心の信仰にて可なり。魂の信仰ならずとも身心の信仰を計り居らば自然に魂の信仰に及ぶならんと考うるか。我等が汝等を救わんとなすは身心の救済にあらず。魂の救済に努力なし居ることを汝等覚醒(めざめ)て新しき信仰に入らしめんと力め居ることに思い至らば、従来の信仰は不完全なる信仰なりしことに心づくならんと思うなり。宜しくよく反省し思いを新にして研究の度を進めんことを願うなり。無神論者の論説を反駁せんとなすとも身心の信仰にては到底是をひるがへす力なかるべし。故に魂の信仰ならでは是をさとらしむること難きは当然なり。仏教者は小乗信仰と大乗信仰とに分ち居れど帰するところは身心の信仰にして魂の信仰に迄及ぶ宗教者は稀なり。口には種々様々論旨をすすめ居れど己自ら自覚して語るにあらねば汝等の魂に徹することなかるべし。そは全く天国の道理を知らず天界の様を見聞なしたるにあらねば語る言葉も従って空虚なるによってなるべし。
 我等は下界より天界に来りて其様を見聞なしたればこそ汝等をして信ぜしめんと力め且つ迷はしめんことを怖るるによりてなり。身心の信仰は物欲を伴う。故に身心の信仰は実在を意味し魂の信仰は霊空を意味す。
 大凡宇宙の本体は霊空にして実在しあるものは限度ありて生より滅に終る。されど霊空は不滅にして限度なし。故に滅せざるところに至れば身心共に不滅ならしむる力も従って有するなり。身心亡ぶと思うも迷いにして、又亡びずと考うるも迷いなり。されど魂に於ては限度なければ不滅なることは異論の余地なし。聊か複雑なる言葉もて語りたれば理解は困難ならん。されどこの困難なる言葉をよくよく翫味してくりかへしくりかへし読みては考へ、考へては読むべし。然して正しく読み得たれば必ずや何かそこに把握するもの見出だすならんと我等は信ずるなり。


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