覚者慈音526

               三世と四世論
           未知日記第八巻
           第三の巻
           未来の巻        其の79
  第二       大智への順路
                       NO3                          
             リョウジャ.セイキョウ貴尊講述


 即ち食すれば腹を充たすとは第一の信仰にして、次ぎに腹を充たすは肉体の養いならしめんがためなりとは第二の信仰にして、更に肉体を養はずば死する故なりとは第三の信仰なり。然るに今一歩を進めて肉体を養へば死せざるか迄進まば其にて信は疑いに化せられて終りとならん。故に汝等の信仰はすべて斯くの如くの様なるによって徹するあたはず迷うなり。前進かと思へば曲り居て、同じ場所を曲歩し居ることしばしばなり。一度悟りの正信を得ば忽ち大智の境涯に進むことを得るなり。是即ち順路なればなり。所謂この境涯は絶対境なるによって一度怒れば全土は全く怒りとなり、喜べば全土は悦びと化し、善悪邪正悉く然あるなり。この他如何なる事柄に対しても同様の関係ありと知るべし。即ち浮住界とは此境涯なり。さればこの界は混合絶対なるが故に集るもの種々様々にて喜びに迷うもの楽しみに迷うもの、悲しみに迷うもの苦しみに迷うもの、怨みに迷うもの等々数うればいとまなし。斯る場所に永住せんと考うるや。汝等は修養によって善人となりて楽しみを得たりと仮定して考慮し見よ。絶対善絶対楽土と思いて此界を極楽浄土或は天国なりと考うれば其は大なる誤認となるなり。何となればもし此処にて一度哀愁を感ずることあらんか、今迄の娯しみは忽ち消滅して極度の悲しみに変ぜん。斯くも薄氷を踏むが如き所に住するを得んや。汝等此事柄に対して何か思い起す事はあらざるか。即ち八大門の何れに相当するかを考へ見ばうなづくところあらん。そは汝等の研究資料にまかすべし。其のみならず五大鏡にも此先の事は説明せられあると共に五大鏡の真理も是にて思惟することを得るなり。深く考慮工夫すべし。今ここに初心者のためにいささか語りおくことあり。是は昨日(昭和二二年十一月一日、こだま会)我に代わって円海に語らせたる説明なれど再記すべし。そは他ならず人間は修養するとせざるとに不拘、死すれば此境涯には必ず達するなり。然してこの境涯よりぬけ出づればその後は迷はざれど、ぬけ出づる力なければこの境涯にて長くさ迷うなり。所謂仏教にて説き居れる地獄極楽と称するは此境地を云うなり。即ち善因は善果となりて、極楽に、悪因は悪果となりて地獄に至ると教ゆるもこの境涯なり。されば教主は宗教は宇相と仰せられしも察するを得るならん。汝等教主の仰せられし有相(宇相)とは嘘言偽はりの言葉と誤解する勿れ。有相(宇相)とは未だその極ならずして相は有するとの教へなれば偽りと云うにあらず、迷いありと教へたるなり。依って誤解する事勿れ。又空中楼閣を作りてこの居に住むとの理も是に依って知ることを得たるならん。危きことならずや。汝等肉体を有する間に此境涯を脱しおかずば浮住界の苦を味うのみならず救ひの手を天界よりさしのべらるるも恐れて逃げ惑うに至らん。是等の道理は現今の如き幼稚なる学理より真をきはめんことは至難なり。されば寧ろ常識より推理して真を明らむるにしかざるべし。


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