覚者慈音524

               三世と四世論
           未知日記第八巻
           第三の巻
           未来の巻        其の77
  第二       大智への順路
                       NO1                          
             リョウジャ.セイキョウ貴尊講述


 人の心理状態は群をぬいで一歩たりとも先んぜんとなすは本能なるべし。然るに冥途の旅のみは一歩たりともおくれんことを望むならん。其は進むにあらずして退くと思う故に冥途を厭うか。然らざるべし。冥途に行かば人間界は終りなりとの考へにもあらざるべし。進むを勝利と考うるならば、冥途の旅も亦一歩にても早ければ勝利者ならずや。汝等近き所にかかる覚りの道あることに心附かざるなり。目前の事にすら斯くも悟りの道は開らかれあるに心づかず他に道を求め居るなり。大智に進む順路は遠くを求めずとも可ならん。徒歩競争には一秒にても決勝点を争い、人生競争は一歩にても決勝点を厭うは是即ち大智に進む順路には二道の関係あるによってなり。即ち徒歩競争は逆にして冥途競争は順なる理論あるなり。何となれば徒歩競争は目標に心奪はれ居て肉体は空虚なるが故に思慮分別はあらざるなり。是に反し人生競争は目標に対して充分のねらいを抱きてあやまたざるよう工夫なしつつ進む故に心身共に油断なし。これ思慮分別あるによってなり。斯く語らば汝等は云うべし。人生は死を恐るるが故におくるるを悦ぶなれば思慮分別ありてにはあらずと、其はあやまりし考へなり。思慮分別あるによって死を厭うなり。恐怖心は思慮あるによって生ずる現象なり。徒歩競争の場合と雖も決勝点に到着せば爆薬破裂して傷かんと聞かされなば誰も速に到着するを好まざるべし。汝等わかりきりたる理屈を何故、我等はならべ居るやと不審するならん。斯くもわかりきりたる事柄を汝等は何故覚り得ざるやと我等は不審するなり。徒歩競争の如く一日にても早く死したるものは世の勝利とか不勝利などとかは無関心なるべし。九流界の動物クゥワオは死の早からんことを望み又早く死したるを勝利者と思いて羨むなり。汝等は反対なるべし。もし汝等にして滅後を全く安全安泰なりと悟り得たらば如何なる結果となるかを深く考え見る必要はあらざるか。聊か枝葉に入りたる感あれど今少しく言はしめよ。
 悟りは微妙なる処に含蓄なし居ることなればなり。進むと思いしことは退く結果となり、退くと思いしことは進む結果となることは汝等もよく経験したるならん。所謂死の目標に対して退かんとする結果は却って進みを早くなし居るにて、徒歩競争の場合は進まんとして却って退きを早からしめたるなり。此理は汝等と雖も既に理解なし居るならんと思うにより説明は省略すべし。此理より考うるも早合点は進みを早くしたるにあらずして退歩を早からしめたる結果となる。故に教主も我等も注意を与へたるなり。


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