覚者慈音523

               三世と四世論
           未知日記第八巻
           第三の巻
           未来の巻        其の76
  第一       天理を知りて大智にかへれ
                       NO3                          
             リョウジャ.セイキョウ貴尊講述


 動物は人を恐るるが故に人に危害を加うるなり。人も亦神を恐るるのあまり神に遠ざからんとするなり。神を愛するものは神の子なるべし。さればイエスは神の子なるが故に肉体の血を流して恐れず、神の愛に満たされたるなり。汝等この意味を知るや。神を信ずる智慧なくんば此意味を知るは難し。此意味を知らざるが故に神を恐れて余儀なく死する信仰者は多し。是は死より神は怖ろしと思う信仰と、愛するが故に死は軽しと思う信仰とには表裏の関係あるなり。是は人を離れて神に帰することを明らかに知ることにのみ悦ばるれど神はあるとのみきかされて言葉のみを信じたるものは唯神を恐れての死なるが故に悟りたる喜びにあらざるなり。依って真実得道したる人は古今世界中数少なきも亦うなづくところあるならん。然して神の愛に満たされて身を犠牲にすると、神を恐れて身を離れんとするとには格段の相違ある事も知るを得たるならん。然しながら知りたるのみにては悟りしにあらず、又己のみ悟りたりとて他をも覚らしむるを得ずば是又真の悟りにあらず。さとり真ならざれば一家得道すとも九族天に生ずるは難かるべし。真の悟りを得てはじめて九族は天に生ずることを得るなり。書は姓名を記すに足る。学は広く学ぶべし。即ち汝等は文字の言葉の学問をなし居りて真の学をなさざるなり。学正しからざれば反古を集めたるに等し。汝等の身心は屑籠にあらず。汝等稔りし米を刈り入れて藁をつけたるまま倉入れをなさざるべし。余事に渡りたり。元に復すべし。
 兎角人はものを知らんとすれど其に依って悟らんとなす人は稀なり。唯記憶することにのみ囚はれ居るなり。記憶するは悪しきことにあらねど無益のことを記憶しおきて却って修養の妨げとなること多し。汝等は天地とは地球と太陽の関係なりと考へて其に依ってすべてを観察なし居る故に大智は得られざるなり。汝等一個の袋にガスを充たし其に座して空間を浮遊し何等の不安も感ずることなく悠々たることを得るや。恰も地球に身を置くは其に匹敵するならん。然るに汝等はかかることには未だ考へしこともあらざるならん。地球は空間を離れし気球と何等異なる処あらざるなり。然るにその危険きわなきまり処より、安全なる場所に居を移さんとせず、唯なすがままになるがままに縋りつきて何等施す術を知らざるは何と云う愚なる事ぞ。もし気球なりせば安全なる地点を見つけなば徐々にガスをぬきて目的をはたすならん。地球に於ても智慧のはたらかせかた次第にて安全地に到着する法はあるべし。智慧をはたらかせず徒らになすにまかするによっては智慧は得られざるなり。

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