覚者慈音468

           三世と四世論
           
未知日記第八巻
           第一の巻
           過去の巻        其の22
    第十九    先づ人根を明らめよ              
             リョウジャ、セイキョウ貴尊講述


 未来を知るには先づ過去を調べをくの必要あるなり。汝等も一度は赤子の時代はありしならん。然りとせばその時代の心持ちの如何ありしかを知るやと問はれて明確に答うる人はあらざるならん。もし神童とか称せらるるものは少なけれど是は二才よりはじまる。言葉を発する及んでならでは現はれざるなり。是には生後七八ヶ月より言語を発するもあれど、そはたまたまにして古来より指折り算うるにすぎず。かかる嬰児は至極短命なるべし。是等については現在篇に於てミキョウは詳しく語るならん。故に我は唯是等は重魂にして二つの魂が入り来り居るなりと説くに止むべし。古き書物の中には此重魂の事を記したるあれど頗(すこぶ)る曖昧なるもの多し。一人にて十二の魂を有するありなど記しあるはあやまりなり。そは別として我の語らんとするは普通人についてなるが、先づ汝等の記憶に残る年齢は五六才よりなるべし。その頃壮者が恋を語り居るを聞きてもその何なるかは知らざりしならん。其が何時かは己も恋をする年齢になりてはじめて知り、子を儲くるに及んで子の愛を知り老年に及んで老年の語りし事実を知るに至るなり。されど幼時には壮者を知らず。壮者は老者を知らず。老者は其以上を知らざるにより過去に逆上って幼児を考うるに至るなり。されど老者と雖もありし昔の幼児の心理状態をきはむるは難かるべし。
 ここに至って赤子の過去を知らんとも同時の己自らに於ても赤子以前の如何なりしやを知りたしと思うは人情なり。されど現今の学説にてはその理をきはむるは難く、又我等が体験を筆舌を尽して語るとも信ずるは難からん。恰も幼児に恋を語るに等しければなり。汝等は思案に及ばざれば是は神の力なるべしと云へる言葉を出すは我等も耳にするところなり。故に神なしと口にしながらも何処にか神のあるならんとも考へ居ることも否み難からん。神あるは真か。はた嘘かに迷い居るは事実ならん。その真偽を汝等は真に帰せしめて考究を進めよ。然らざれば近代の如く世は乱さるべし。世を乱すは人心の安からざる故なり。汝等試みに不良児に対して汝等何故悪しき事をなすやと訊ね見よ。彼等は忽ち大人が悪しき故なりと答うべし。己、不善をなしつつ小児を責むる如き非常識なる行為をなすとも小児は善化せざるべし。寧ろ大人の感化院を設置するに不如。
 余事は別として汝等過去を顧みて己自ら今日迄の行い正しからざりし結果、世相が混乱に陥りしことを考へて深く反省するところありとは思はざるか。是等は即ち因果の道理なるべし。さて話は元に復すべし。汝等生れざりし以前を如何に考うるとも其は想像にすぎざれど、生れ来りしは事実なるべし。されば生れて後の人心つきたる迄は如何なる心境なりしかすら知るあたはぬに、まして死後の事など考うるは無益のことなりとて汝等は放棄するや。其も汝等の意志に任せん。さりながら我の語らんとするは他ならず。汝等、修養修行の参考として先づ赤子に同化する法を静かに考へて研究し見るべし。赤子は眠り居て笑うが如く悲しむが如く、又怒るが如き表情を示せど其は唯生理上筋肉の運動なし居るにて心よりなし居るにあらず。斯く語らば汝等はあやしむならん。其は何故かと云うにもし前生より人間にてありしものが再来したりとあるならば赤子と雖も声帯ある以上言葉を発すべきに何故発音なさざるや。前生に人間ならば言葉も知り居るならんにと。一見尤もの如く聞ゆれど其には理由あるなり。もとより父母むつみて受胎なせし時より生れ来るべき魂は定まりある事は前にも語りたり。されど此魂は霊に依って包和せられありし赤子の間は霊の監督に任されたり。然るに霊は肉体の発育をも監督なし居りてその発育の程度に応じて魂(こん)を注入しつつ四五才迄に魂は注ぎ入れられ、然して魄を移し終るは十才なりと伝へられたり。故に幼児は魂(こん)のみのはたらきなるが故に動物性と学者間に称へられあるなり。魄加はるに及んで次第に人間性となる。この故を以て前生の魂(たましい)は如何なるものにてありしとも幼児に言葉を語らしむるを得ざるなり。然るにここに不可思議なる現象の現はるることあり。其が幼児が七八ヶ月となりたる頃、俄に我は何々の神なり。世人を救はんがために嬰児に乗り移りたり。此嬰児こそは神の子なるに依ってなり。汝等何事に限らず我に問へ、然して此神童を尊むべしなど語り終りて嬰児は母の乳房にすがるを見れば何等異なるところなし。斯る不可思議を見て世人の迷うも無理ならず。是はミキョウの説明を聞きて理解すべし。斯る現象は重魂或は入魂にして敢て異とするに足らざるなり。汝等斯く人根に立ちかへりて人間に生れし以前は斯る経路なりしことを先づ判定するを得たらば次は現在今日迄の来歴を仔細に考へ見るべし。然することによって人と獣類の区別は明らむればここにはじめてまこと人間の尊さを知らん。其と共に人なるが故に不滅界を知るなりとの喜びに胸は踊らん。 



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