覚者慈音463

伊東慈音師
           三世と四世論
  
           未知日記第八巻
           第一の巻
           過去の巻        其の17
    第十四   人間市見学の様々              
             リョウジャ、セイキョウ貴尊講述



 人間市を見学する人の中に種々様々ありて市内に一歩を印て直ちに引き返へすあり。又聊か見物して引き返へすあり。乗物にて簡単に一部を見て引き返へすあり。高速度の汽車にて一直線に通過して天界に乗船するもあり。或は徒歩にてくまなく見学するもあり。是等をくはしく語らば枚挙にいとまなし。依ってここに一つの例話を以て参考に供すべし。汝等是に依って生死の明らめを計る参考とせば如何。
 或処に一人の学者ありて数万巻の書物を読みて何一つ知らじと云う事なしと云へる学徳をつみたれど如何にしても彼には理解するあたはざる一事に直面するに至りて彼は思案に暮れて居たりしが、如何に考うるも満足するを得ず遂に全部の書物を焼き捨てて飄然家をたち出でて旅路につきたり。或夜一軒の家に宿をかりしに其家の主人彼にむかいて云うよう何処に旅するやと。彼答へて我行くべきところを知らず、唯金のあるにまかせて歩むのみなりと。主人あやしみてその故を問う。彼今迄の様を仔細に語りこの解決を充たさんがため旅を続け、もし満足を得ずば死するのみなりと。主人重ねて曰く、一つの難問と云うは如何なる事なるかと。彼曰く、我門に訪ね来りし一人の学徒我に向いて学問をして何をなさんとなすやとの質問に初まりその後は如何になるか、知りて何になるかの連続質問にあいて最後に神にてもならんと答うるに、彼は神になりて何となるべき、又何をなさんとするかとの追究に至って我は当惑して遂に知らずと云へば彼は言う。さてさて学問とは明るきものと聞きしに案外暗きものかな。斯るものを学ぶとも迷いのみ多くして徒に心を労するのみ、得るところ少なければ学ぶに足らずとて立ち去りたり。多くの門人は怒りて彼を罵りたれど、我つらつら考うれば彼の云うところ一理あり。彼の如き無理解者を導くことあたはずば世を治むるは難し。結局是は何になることぞと云う疑問詞を解決せずば到底道は開らかれじ。我学問して其が何になることぞ。彼の言葉の如く様々の事を知りたる事に依って却って迷いを深くしたるは事実なりと思いたれば書を焼き捨てて旅に出でたるなりと。主人笑いて曰く、聞けば汝旅費尽くれば死すと云へる言葉によって見るも亦、多くの書を火中したりと云ひしによりて見るも汝は死したる学問をなしたるにて、生きたる学問にはあらざりしなり。書を焼きて何になるか、又旅をなして何になるか又死して何になるか、追へども追へども疑問詞は果ながるべし。もし汝生きたる学問をなし居たらんには此疑問詞はあらざるなり。何故かと云うに生きたる学問はすべてに迷はしめざる教への学にてあらざるべからず。その疑問詞を晴らさんがための道なるに依ってなり。汝はいささか学に誇り根底をあやまり居て今尚死したる学を追慕なし居るなり。早く迷夢をさまして汝を苦しめたる徒弟の門をたたきて彼の教へをうけてこの疑問詞をはらすべし。然せば旅するの要なく死するの悲しみなからんと。
 是を聞きて学者は飄然とめざめて立ち帰へりしと云う例話あるなり。学に於てすら生死のある事に気づきしならん。政治又然り。白昼に暗のありて生きたる政治とは云い難し。宗教者芸術家悉くみな然あるなり。汝等生死を明らめんとせば暗を追はず明を求めよ。人根を確認して正しき肥料をほどこさば枝葉は永久に繁茂すべし。是に反すれば幹共に枯れん。育つは生なり。枯れるは死なり。この理を延長して考うれば善人は生きたる人にして、悪人は死したる人なりとの関係も成立するなり。


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