覚者慈音452  三世と四世論  過去の巻  セイキョウ貴尊講義

              三世と四世論
  
              未知日記第八巻
           第一の巻
           過去の巻        其の6
                  
             リョウジャ、セイキョウ貴尊講述



         第四 常に親の行動に注目せよ



 物云う親は汝等に言葉ををくりて教ゆれど、もの云はぬ親は自然の変化によりて汝等を育成す。されど汝等は是を知らず、否知らんとはなさざるなり。問へど答へず黙々たり。されど云はぬが云うにまさる自然の威徳は広大なり。不言実行とは是なり。汝等は多言不実行なるにより自然に遠ざかるなり。すべてものごとの成功不成功を論ずるいとまあらば即実行にうつし見ればその可否は速に判明すべし。兎角人間は人間中心に物事を考うる故に雨天続けば陰鬱なりと怨み、旱天続けば雨を望みて天を怨む故に年中好日はあらざるなり。道理を道理と知りながら尚是を覆さんと計るは人の本能的反射力にして帰するところは自尊心のはたらきなり。されば道理と悟らば率直に受理してかかる反抗心を起さず不審の点あらば心ゆく迄追究して其が真髄迄触れんことを努力するはこれ反抗心にあらずして真の修養なることは云うまでもなし。されば早合点して事を信ずるは宜しからず。心すべきことなり。習うより馴れよと云う言葉の如く習慣より受くることには平素心附かされど実に大なる利益もあり、又損失もあるものなり。日本人は食物を箸にて器用にこなすを他国人は驚けど、日本人はあまり気にかけざるならん。習慣程恐ろしきものはあらじ。故に汝等は日々地球に心を用いて是を習慣づくることに心がけよ。即ち天地と汝と一体とならんことに習慣づけよ。その習慣によって語らぬと思いし父母の語り居る如く心に感じ来るなり。是を同化感応と仮称しおくべし。最初の間は余り心に止めざれど日を経るに従いて次第に濃厚となり、その言葉は事実現はれるに及んでやや不審を覚ゆれど次第にこれを信ずるに至らん。その同化感応こそ人類のみならず他の小動物にすら現はれある現象にして最も大切なるはたらきなれば習慣力を養成して研究し見るべし。同化感応の原理を深くきはむる事によって自問自答の理由は明らかに判明し、又是と反対に自問自答の原理をきはむれば同化感応の理も亦判明すべし。されば大気にむかへば大気に和し。大地にむかえば大地に和す。山川草木禽獣虫魚悉く皆然あるなり。故に鳥にむかへば鳥の言葉を知り、虫にむかえば虫の想いを知る。木にも精あり草にも精あり。皆其々の声を聞く事を得ん。汝等何事に限らず我身にかかわらぬ事柄は空吹く風、馬耳東風と聞き流すと云い居るにてはあらざるか。此空吹く風は非常に大切なる意義を有す。わけても音楽家などには重大に取り扱えよと教へ居れり。東洋音楽は霊的なるにより特に重大視なし居るなり。兎に角精神に及ぼす影響は大気なれば空吹く風と等閑に附すること勿れ。即ちこれは父母の声なればなり。序でなれば教えおかん。所謂西洋音楽は現実的なれば大地に属する母の音楽なりと知りて研究鑑賞せば可ならん。何れ是等については又々語ることもあるならん。其兎に角、西洋人は実間的よりすべてを明らかならしめんと謀り、東洋人は空間的にして想像によってものの理をきはめんと謀るところより西洋人は実行力に強く、東洋人は想像力に長けたる現はれとして、西洋人は知能すぐれたる如く思はるるなり。想像は空なるによってなり。されど想像なくしては物事は成功は伴はざるべし。故に一方的に偏りては何れがすぐれ何れを劣ると云うを判定することはきはめて艱難なるべし。是によって見るも父母一体となりて子を養育せざれば完全なる人格は得難きことも知るならん。兎に角地球の親に同化するには唯実間にのみ着眼せず空間共に油断なく大地には着目し、大気には耳を傾けて無声の言葉を聞くべし。ここに注意しおくことあり。大気大地は神にも仏にも亦人にもあらざれば言葉にて語るにあらず。唯感じによって悟らしむるのみなればその程度はきはめて微弱なり。故に平素なるべく意を用い居らずば見のがし聴きのがすこと多し。よって、心は常に大地大気に留意して感応をあやまらざるよぅ修行すべし。

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