覚者慈音440

テッシン講録再続篇 下      未知日記第七巻


第十一期とならば如何なる変化になるか   其一
                     その40
       
                     第四の巻
                      
             インショウ、ミキョウ貴尊講述


 行の進行に従ひて精神は次第次第に霊に化せられて同化するによって霊と精神の区別、判然し難きに至る。十期終りて十一期に一歩ふみ入る頃は、精神は半霊に化せられてここに悟りの境涯に移さるるなり。斯くなる姿を仏教にて菩薩の境涯に入りたりと云ふなり。菩薩の境涯に達しなば既に人爵を全うして天爵に入りたるを以て人間界の欲望は微塵もあらざるなり。故に日にむかへば日に和し、月にむかへば月に和す。斯くの如くの姿なれば人間に対するも人間に和し、その他禽獣虫魚はもとより植物に至る迄対するものに和せずと云ふ事なし。是は先にも語りし如く同化性素質が向上拡大して斯る現象を現はすと知るべし。同化する力を応用して不善を善に改めしめ、又悩むものを救ふを得るなり。一度此境涯に達して広く天界の広大にして無極無辺なるに不拘、何れを観望するも余りにも秩序整然として隙間なく、何か無理なる事なきかと探ね求むるも、水も洩さぬに驚くと共に、下界の余りに不秩序にして乱脈なりしに唯茫然たる他なかるべし。斯くも醜き下界に住みて不規律なる月日を送らんは余りにつらし。早く肉体を離れて天界に至らんと願ふ心は生ずるならんと世人は考ふるならんも、事実体験したる人ならば斯る観念は生ぜずして「己肉体を離れなば必ず此地に移さるる喜びあらんも、多くの人は是を知らずして終るならば苦海より苦海に移さるるは必定なり。故に是を一般に知らしめて迷はしめざるよう尽さん」との慈悲の念は強く働くなり。
 世人は天界と云ふ言葉より大空の日月或は星の種類、其他其空間を聯想してとやかくの判定を下すは余りにも軽率なる考へなり。世人の天体観測等は微々たるものにて恰も大海の細塵にも及ばざるなり。又哲学者或は考古学者の予測も其は一種の夢物語にすぎずと云ふも敢て過言にはあらざるなり。世人は霊光にふれて天界の広大なるを知らば、初めて其様に驚くの他なく、ここに始めて人類に生れたる喜悦を有難しと感謝の念は心に徹し、肝に銘ずるを得るなり。我の語る処、偽はりと思ふ人は先づ行じて試みて後真偽をたしかめよ。

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