覚者慈音398


未知日記 第八巻  三世と四世論



                      
十一流界、及び浮住界について                          
                  セイキヨウ貴尊 講述




 未知日記を読めば、天国に到る確率は100万人に一人の確率あるやなしということが分かる。僕も迷う。貴方も迷う。この世で名僧と呼ばれている人達も迷う。行くところは地獄界へ行く人もかなり多いが、大概は浮住界と云う迷いの世界だ。ここを度脱することは極めて至難であると説かれている。

この未知日記の書にはその浮住界の記述が驚く程少ない。その箇所をここに転記しておくので熟読玩味してほしい。


文豪といわれる人達の自死について


  彼等はこの浮住界で如何なる苦しみを味わっているかを誰も語ろうとしない。芥川龍之介、太宰治、そして三島由紀夫、川端康成まだまだいるんだろうな。彼等のフアンとも呼ぶべき人達は彼等の功績とも云うべき作品を愛くしみ、河童忌とか桜桃忌とか称して多くの人達が毎年墓参している。フアンだけじゃなく僧達も読経して彼等の魂の慰安鎮撫を乞い願う。でもそれらは全くの徒労だ。残念ながら自殺者達にはその思いは届かない。逆に出版関係者達の営利目的か何かで彼等の死を美化し、伝説化し、それに呼応する若年層の自殺志願を誘発させる危惧すらある。
浮住界に苦しむその作家達は今も泥沼に吸い込まれ、息をついだかとおもえばまたまた吸い込まれる永遠の地獄を味わされいる。特に太宰は自分だけではなく二人の女性をも道連れにしている。この人の罪は重い。
 よく中学生か高校生の女学生が友達同士で高いビルの屋上から身を投じ、命を絶つニュ-スを眼にする。残された遺族の方々の悲愁を思うととても心が痛む。
 彼女たちは死後自分の魂がどのように遇されるかを少しも知らない。おそらく彼女達は自分の稚拙な天国観なるものを夢想して飛び込むのだろうが、死んでも死んでも生き返る。そしてその苦痛はいつ果つるともなく、無限に倍加して永久に続く。
 前途有為な若者を救う為に、僕は学校教育の中でその道に通じた牧師や僧侶を学校に招聘し、年に一回か二回、未来ある子供達に霊界の仕組みや、各個人が持つ魂の尊さなるものを教え、その自分の持つ魂をこの人生で見事に稔らせて開花させ神に返納する義務があるのだ。そのために与えられた人生なのだと云うことを懇篤に教えるべきであると思う。今その子供達は本当に苦しいいのかもしれないけど自殺なんかしたらもっともっと苦しい世界に引き込まれてゆくことをそのもの達に伝へてやりたい。これは教師だけの責任でもなく、親の責任でもある。今の世は残念なことにこんな提言しても教育関係者等からは僕のような意見は見向きもされず封殺されてしまうだろうのだろうと思うと残念だ。それは教育関係者だけに止まらず世の中一般の人達の死後の魂への無関心によることも大きい。子供を持つ親たちの魂の教育というものを至急計るべきだ。
 しかし自殺した者の魂を救う道はひとつだけある。GOOGIEで厳戒の辞と検索すればその答えが出てくる。それを読み、一心不乱に行じ、その厳戒の辞の詞を残された者たちが称え、神に子供達の魂の救済を真実祈ることだ。それしか方法はない。僕は宗教を喧伝しているのではない。僕の信奉する教えは日本中、何処にも本部もなければ支部もない。宗教団体の如く、お布施をする所もなければ伽藍も偶像物もなし。そしてそれらを管理運営する人もなし。あるのはこの未知日記という、天使の方々の肉声を伝えた書物だけだ。だから金銭は一切無用。厳戒の辞をもって只管、亡き子供の魂の救済を天使の方々に委ねるだけ。すれば必ず通じる。是が本当の信仰のあり方ではないのか。世に跋扈する自称霊能家などに縋るなどは最も愚策だ。僕の身辺にも子を亡くした母親が何人か居られる、本来は明るい性格の方達だったが、爾来笑顔を失った。若き者の夭逝はもう沢山だ。
厳戒の辞は他の念仏、題目とは異なり遠近に関係なく、地球圏外を抜け出で宇宙の中心におわすに天使に真一文字に届く。どうか皆さんそれを信じてください。
そして知り合いの方にそういった方がおられれば、それを是非ともお伝え下さい。





十一流界以下の説明      セイキョウ貴尊講述


 
 上界に至れば安楽なる境涯なれど、もしあやまりて下界に堕るならば即ち十一流界以下となりて汝等の世界より見れば一段二段と低下したる処に苦しめらるるなり。この十一流界以下の処は汝等が世界とは又其有様も従って危険なる処なれば朝にめざめて夕に眠る迄苦悶に苦悶を重ね、然して安眠するいとまさへあらざるが故に身心共に分秒の油断すれば如何なる危険を生ずるかは計り難き有様にて、汝等が世界より見るも到底その苦悶の状態は推知することすら至難なる世界なりと考うれば可ならん。此界には優勝劣敗にて強きものは弱きを助くるなどの慈悲心なく又是等に対して法律の定めなければ、強きものは恣(ほしいまま)に弱はきを虐げもし弱きものが従はずば直ちに打ち殺してその肉を食す等残忍極まる行為をなして得々たるが故に、親子兄弟の差別なく、又男女共に情欲を恣にして時と所をきらはず姦淫する等、実に言語に絶する界なるが故に、余りに残忍なれば我等是を語るに忍びざれば詳細は省略す。されば汝等斯る下界に転落する事を好まざらん。故に修養修行していささかの困苦に打ち勝ちて九流界以上の界に進まん事を願ふべし。
 



浮住界の説明             テッシン貴尊講述



 地球の雲上空気希薄なる処より外全く空気なき処との間に、魂魄の浮遊し居れる処ありて、すべての動物此処に魂魄を置く。其中には種々様々のものあり。人間の多くは此処に霊を止むるなり。此処を人語にて命名せば浮住界とも命名すべきか。宗教者わけて仏教者の教ゆる地獄極楽とは此処を指したるならん。此所には通力を得たる動物の魂あり。信仰ある者、なき者、種々様々にして言筆のおよばざる蠢(うごめ)き騒ぎをなし居れり。又地上にて年経たる動物中にはミキョウの称ふる空源力即ち神通力を応用して得たる行力を巧みに使用するものもあるなり。故に信仰厚き者薄き者の区別なく、此処迄は皆集り来る。然して此処を脱し得る者は極めて稀なり。此中にも行力優れたる者は、早く浮住界を脱せんとして種々様々の法を用いて、人心を集め大衆の力(ミキョウの説ける気光素)にて度脱を諮る者あり。すべて彼等は気光素の応用に依りて、蜃気楼の種類に属するものを用いて人間の眩惑を計り、自己を神の如く装いて、大衆の気光素を集め、其に乗じて浮住界を脱せんと企つ。然るに中には余りに傲慢にすぎて、却って顛落する者あり。是等の中には悪魔ならざる者、或は魔と称するもあり。悪魔もあるなり。
 




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