覚者慈音387

未知日記 第十巻  帰途案内記


                      その42


 三流界の人類の生活について                          
                  セイキヨウ貴尊 講述


 此理より延長して枝葉をのばすならば、臣は君に服し、子は親に順ずと云ふことの理も、自づと察せられるならん。現今の如く親子の関係が正しからずして、子は親にそむき、親は子を棄つるが如きは、是約束を守らざるが故に、悪しき行為として咎むるも差支なからん。かかる世相にありて人徳のつまるる道理あるべからず。故に人間は堕落の一途を辿りて世は向上せざるなり。是自然に順ぜざるが故なり。自然に順応して正道を歩むにあらざれば人徳は得られじ。人徳をつむと云ふことは自然を知りて自然に順応することによってこそ高くせらるるなり。臣は君に服しと云ふことは、衆は神を尊ぶと云ふことにて、其枝葉が即ち臣は君に服しと云ふ言葉に変ぜられたりと知らば可なり。
 世人は物事を知ることを専一として修養をなし居れど、覚らんとして修養をなし居る人は少なし。数々の事を知らずとも唯一つのさとりを得ば其にて人徳は高くせられて光明は輝く。物事を知るのみにては塵埃をつみたるに等し。さとりは塵埃を清除して清くするにあらざれば、正しきさとりとは云ひ難し。徒に塵埃の中に生存することを止めよ。早く塵埃を清めて美はしき処に居を定めなば清光は遠く輝きて一切悉くを照らすに至らん。世人は自然を知らず。自然を知らざるが故に約束を知らず。故に守らざるなり。されば早くめざめて自然に順応して約束を守りつつ、魂魄界の高き処迄足を運ぶべし。約束を知るは我等なり。我等は世人を導く案内者なるによって、先づ我等の言葉を信じ従ひ来らば、世人を迷はしむるものにあらず。魂魄界は遠きにあらず。さとれば近し。
 人爵は得易く。天爵は得ること難しと語りしは是なり。智慧の如何に不拘、自然に順応しつつ歩むものには、天爵は自然に授けられて高く高くせらるるは、是自然の約束なるが故なり。人爵は智慧の如何によって得らるれども、天爵は得られじとの理をよくよくさとりて、自然の約束とは如何なるものかに思ひを廻らし居らば、自然より生れたる汝等なるによって、自然にその徳は得られて知らず知らずの内に、高く高く運ばるると思ひてすべてを自然に委すことに工夫せよ。
             
              (昭和二十四年十月三日~同年十一月十九日)





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