覚者慈音360

未知日記 第十巻  帰途案内記


                      その17
 おきく婆さん                弐
                            
                  セイキヨウ貴尊 講述





 老婆の言葉の中に結合なし居りては、相互に苦みあり。別れて共に楽みを得れば、是に勝る仕合はせあらんやとの意味を、深く考慮し見よ。肉体は己に架せられたる任務を果し終りたれば、心は退いて彼を安らかならしめんと計る。心の思ひやりがある以上、肉体は如何にせらるるとも、怨むべき事もなく悲しむべき事もなく、唯己が架せられたる任務を果したる喜びあるのみならん。されば肉体は仕合はせなり。是働きたる酬ひなるが故なり。故にこの肉体は野に捨てられて、獣類に食まるるとも、又火浄せられて煙となるも、その肉体は唯喜びに充たさるるものにて、何等悲しむべき事もなからん。限度によって形を変ずるは、是自然の法則なるが故に、如何に変ぜらるるとも亦、新しき任務に服するは順序なるべし。我、斯る事を語るとも、世人は如何なる意味かすら判断すること難からん。世人の考へにては肉体は唯機械なり。その機械が破壊さるれば、其にて終りならずや。然るに是等のものに彼是論議するは、笑止の沙汰なりなど考ふるが故に、思ひ遣りと云ふ心の働きは生ぜざるなり。身心結合して融和なし居りたるものが、別れて後の愛情なくんば、其は恰も情欲によって結ばれたる夫婦の如し。情欲の有する間は融合して、情欲尽くれば離別して、他人となりたると同様の関係にて、斯る一時的の愛情は、正しき恋愛にあらず。結ばれたる以上離るるとも尚、永久夫婦ならずば真の恋愛とは云ひ難し。
身心の関係に於ても亦同様の事と知らば、身心一体なりとも亦別るるとも、愛情に於て変ずる事なきを云ふにて、老婆が「退いて長者が二人」と云ひしは是なり。はたらきの力失せたるものに、尚も働きをなさしめんとするが故に、執着はまぬがれず。天より命ぜられたる任務を完全に果したるものに対して、尚も働きを為さしめんと計る如き事は、余りに無情にてはあらざるかに心し見よ。我、斯る事に対してくだくだしく話を進むるは他にあらず。世人の悩み居る生死の苦みに対して、明らめをなさしめんと計りての言葉なれば、無益の説と聞きながすこと勿れ。又老婆が語りし身を離れて後の心は、身に囚はれざるが故に、自由なりと云ひし言葉に深く考慮を払ふべし。老婆の云へる心とは、我等が語る魂魄霊を云ふなり。もとより無知蒙昧の老婆なれど、彼女は聖者に勝る偉大なる人物なりしと云ふも、敢て過言にはあらざるなり。


×

非ログインユーザーとして返信する

あと 2000文字

※は必須項目です。