覚者慈音355

未知日記 第十巻  帰途案内記
                その13

 八流界の人類とは  
                 セイキヨウ貴尊 講述


 例へば此界の小児を世人の世界に連れ行かば、世人の眼はくらみその権威に打たれて、頭さへ上ぐる事難からん。先づ斯る底の人類なりと考へて、今後の我等の説を聞くべし。斯く語るとも世人は想像も難からん。まして身心そなはりたる者が、汝等の世界に現はるるとせば、是を真の神なりと誤認するに相違なし。されど彼等は神にあらず。進化なしたる人間に他ならざるなり。故に汝等世人は真の神を知らんなどとは、思ひもよらぬ事にてはあらざるか。是は汝等の世界より僅かに二段階の相違ある処なりと知るならば、汝等の修養修業の到らざる事に深く反省して、一層身を慎み心を明るくして、死の生活より早く生の前途に希望をつなぎて、生きる旅を続けんことを願ふべし。世人と雖も軈ては此界に移さるること難きにあらず。其は世人は人に生れたる仕合はせあるによってなり。この仕合はせを忘れて、人生一代なりと考へて、動物性に終らば即ち死の旅を続くるの他なかるべし。故に生より生を求めよ。死より死を求むること勿れ。話は横道に這入りたり。もとに復すべし。
 此界の人種と雖も肉体を有するが故に、衣を纏ひ居るなり。彼等の衣は寒暑を支ゆるに用い居るにて、美醜の区別を考ふる如き服装にてはあらざるなり。彼等の衣は時によって、ひるがへせば飛行する事の用具ともなり、又水に入らば流れを渡る具にも供せらるる調法なるものにて、斯る便利ななるものを作りて身に纏ひ居るなり。世人の科学の力にて斯るものを作り得る底の学理は、夢想だになし得ざるべし。彼等は働かんが為の食を摂取なし居るにて、食事の美味を求むるものにあらず。生活に於ても世人の生活ぶりとは、全く雲泥の相違あるなり。是より此界の事を成可く詳細に語らんと思へど、言葉にては云ひ現はし難き事のみ多きが故に、世人に正しく語ることは困難なり。されど我の力の及ぶ限りは語り聞かすべし。


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