覚者慈音350



未知日記 第十巻  帰途案内記
                その8



魂霊を見つける法  
                 セイキヨウ貴尊 講述


 今夜(昭和二四年八月二十二日の夜) 慈音は此様を見て戦慄したる如く、その数の無限大なるに驚異の眼をみはり、何故斯くも夥(おびただ)しき廃物の魂を作り給ふやと、我に質問なしたり。是等の魂は、動物魂もとより人類魂等凡て汝等の住める地球上のみならず、他界より集り来りたるものにて、数にて是を計算する事は夢想だになしあたはざるなり。
斯るものを瞬時にして整理なし、その悉くを処理する使子の任務も容易にあらざるを見て、慈音は尚も驚きたるなり。
 動物魂の中には人類魂にも勝る優秀なるあり。或は是が動物魂なるかと、眼を疑ふ程のすぐれたるものあるに不拘、其魂は又も動物魂として下界に下され居るなり。九流界に於て働らき居るクゥワオの如きものも優秀なる魂にして、即ち下界におとされたるなり。さりながら此クゥワオなどは同じ下界と雖も、汝等の界よりは一段すぐれたる下界に堕さるるものなりと知らば可なり。たとひ九流界、或は八流界七流界に移されたりとも、其は神界より見れば凡ては下界と云ふなり。例へば九流界に於てクゥワオが一段上りて人間界に移さるれば、其が十流界に人間としておかれたりとせば、所謂一段階上りたる結果となると知らば、世人は人間に生れたる幸福を喜ばずば、神に感謝の念は生ぜざるべし。汝等は十流界に人間として生れたり。クゥワオは九流界にて動物と生れたり。是を智識の程度より比較せば、汝等は到底クゥワオには敵し難し。されどクゥワオは動物にて汝等より一段下位におかれある故、動物性の苦みはまぬがれざるなり。智識のみそなはりても、動物は動物としての苦みはまぬがれざる故なり。人間に生れて、汝等は苦みに悶へ居れど、動物の苦みとは比較にならざるなり。故に汝等は動物を見ていたはりの心を以て彼等を憐れみ遣るべし。其と同時に汝等は折角人間に生れたる喜びを感謝しつつ、再び動物に転落せざるやぅ人道を正しく歩まん事を祈るべし。


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