覚者慈音349

未知日記 第十巻  帰途案内記
                その7
魂霊を見つける法  
                 セイキヨウ貴尊 講述



 又慈音が我に誘はれて如意界に至り、貴尊方の講話を聴聞なしつつありし時、彼の目前に黒き人影の如きもの坐し居りて眼をさへぎりしと語りしを聞きしならん。その黒きものは即ち未だ籾を脱がざる信者にて、是等は既に魂の緒の切れたるものの集合なし居るにて、彼等は軈てその殻を脱ぎて光明を輝かすに至るものなり。又五大鏡の中に輝ける魂が、波の如く流れ来りて運ばれ居るを見たることあらん。是等の魂はみなさとりを得たる魂にして、その魂の中に輝きの強きと輝きの鈍きあるを見たるならん。輝きの強きは完全に稔りて米の外皮を脱ぎたると、又中には玄米そのままのものもあり、或は稔りあさくして外皮を脱ぎたるもあり。同じさとりを得たるものと雖も斯く様々に、区別せられ居ると知らば可なり。是等はみな其々修養修業の相違あるによって、結果に於ての隔を有すと知るべし。されど五大鏡に見る魂の流れは、その悉くが選魂所を通過なし来りたるものなることを附言しをく。所謂選魂所は第一第二第三と区分せられ居るにて、五大鏡に見たるものは第二第三の選魂所を通過し来るものと知るべし。如意界より移さるる処は所謂第一選魂所と見なさば可ならん。されど天界には時間空間距離なければ、第一第二第三などの区別はあらざれども、世人に知らしめんが為には斯く語らざれば知ることを得ざるによって、斯くは語り居れど、事実は然らず。是等の道理は次第々々に認識することを得せしむれど、今は唯斯く区別して語りをくに止めん。
 
 今も語りし如くこの第一とも云ふべき所は、種々様々の魂の集合所にして動物魂あり、人類魂あり、その中にも稔りたるあり、稔らざるあり。その範囲はきはめて広くして複雑なる集合所なれども、大抵のものは使子の手に依て運ばれ来りたるもの多し。如意界を通過して霊によって運ばれ来るものは至って僅少なり。是等の一々は悉く区分せられて、下界に堕さるるものきはめて多し。上界に移さるるものは稀なり。

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