覚者慈音324

光明論 上巻 巻の一
                その10
  
                 セイキヨウ貴尊 講述

 


 「太陽の光には朝夕昼夜の別ありて時間空間距離を有すれども
 霊光にはかかる不便なし


 太陽と地球との関係の如く、人界には優勝劣敗より生ずる栄枯盛衰は免れず。昨日の味方、今日の敵と移り変りのめまぐろしさ。一方に喜悦あれば、一方に悲哀あれば、何万年否何億年の昔より連続して平和の夢は、何日の世に結ばるべき験なし。是一界一国一家としてに止まらず、一人の肉体にも及ぶなり。汝の心の太陽の光は汝の肉体全身を照し居るや。即ち朝夕昼夜の区別あらん。頭にきらめけば足に影あり。胸に輝けば背後を忘る。是表裏なり。蔭日向ありて平和は望めず。故に病魔に犯さるるなり。誰かの道歌に、「栄えぬは良人朝酒、妻ひるね、子供は外で買ひ喰ひする」又「栄ゆるは家内揃ってにこやかに、己が任務を励む賜物」と。実に然あることなるべし。生れて死する迄努め励みて己が天分に順ずる人は幾何も無きは、教主の憐み給ふ処なるに依って此例をもて誡め導き給ひしなり。知るべし。政治家は己の栄達のみに汲々として正しき政治を行はず、下を虐げ上を抑へて太陽を暗くし、軍人は己の手柄に帰せしめんとて陸海の一致を欠き、敗の責は彼に帰せしめ勝利の栄冠は我に帰せしめんと計り居て、焉(いづく)んぞ最後の勝利は望まるべき。是昼夜ある故ならずや。朝夕ある故ならずや。又徒らに時間空間に囚はれて明日は明日はと一日延しに無用の日を送り居るにてはあらざるや。敵は海路の遠きとて徒に距離の遠きを空頼みなし居て、施す術を適確に考慮なし居るかは我寒心に堪えざるなり。日本はソ連をも敵として遂に敗退すればなり。是は我言葉にはあらず。教主の仰せなれば付言す。
 其はともかくも「霊光には斯る不便なし」と、不便と云へる言葉を用いられたるは如何にと云ふに、今此時に飛行機が弾丸が戦車がと要求すとも時間空間距離ある不便あれど、霊光には斯る不便なし。要とあらば忽ち得べければなり。斯く語らば汝等はそは如何にして得べきかと曰はんも、霊光は時間空間距離を有せず。然して位置をも有せざれば求むるものは其処にて得らる。汝等いぶかる勿れ。我何時も汝等に語る如く、霊光は通力自在なれば形あるものの終始を知り居れば飛行機は足らぬ、弾丸が足らぬ戦車がと云ふ如き要求の必要にせまらす如き憂なからしむればなり。是だけはあらば充分として其にたいする備へあやまつことなければなり。


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