覚者慈音306

未知日記講義第一二巻  大霊界       巻の五                         NO252
大霊界入門記    後編                 
第八、セン 完成門 (仮称)                                                                  その6
                       教主寛大講述


 泰岳が語りし八流界にては虚空に種子を蒔きて美はしき花を咲かせ居ると語りしに対し、諸子は是をお伽噺の其と同様に思ひて一笑に附し居るならん。斯くの如きは諸子の世界とあまりにかけはなれたる開らきあるによって、諸子の智識にてはお伽噺の如く思ふも無理ならぬことなり。されど泰岳は虚偽を語り居るにあらず。されど彼は事実をそのまま正直に話したる迄なり。虚空に種子を蒔きて花を開らかす如きは何等不審するに足らざるなり。汝等諸子の地球は虚空に廻転して育ち居るにてはあらざるか。理は一なり。敢て不審するには足らざるべし。又彼は云ふ。この界の小児の遊戯に虚空に昇り行きて花を開かせ地に下りて其によって、肉体を洗浄せらるる事を語りしも魔法にあらず。道理ありての事なり。もとより八流界の人類と汝等諸子との肉体の相違はあることに留意せざるべからず。八流界の小児は既に汝等の如き引力性によって、大地に引かれ居る姿にはあらざる事は是又察せらるるならん。汝等諸子の肉体と雖も次第に変化せられ行けば、斯くの如く変化せられ行くなり。されど彼等は神にもあらざることは屡々語りたる如くなり。順序を追ひ求めて天界に至るものと、直ちに天界に引き上げられたるものとの相違も、是等の点より考ふれば、自ずと認識することを得るならん。即ち草履ばきにて旅すると、飛行機にて一飛に行くとの関係と見なす も可ならん。然し是は比喩にして事実には大に異なる。何となれば大霊界には時間空間のあらざるによってなり。又距離も従ってなし。時間空間距離を考へなば迷ひとなる。不変化自然に順ずると、変化自然を辿るとの相違によって、かくも大  なる開らきとなることに着目せよ。不変化自然は汝の肉体にも具はる。変化自然是又語る迄もなし。汝等の肉体には不変化自然及び変化自然のあるによって、永久不変の魂は存在なし居ることに思ひを致さば、徒に肉体の変化自然を捨つるにも及ぶまじ。変化自然は種々様々に移り変れど不変化自然は永久変ることなし。ここに一工夫なかるべからず。工夫せよ。無言詞は汝に未知を既知として明確なる答へを与ふるならん。
 センの門に合格したるものならば最早肉体の必要なきによって、其だけにても苦痛は省かるるなり。肉体なければ形もなきかと云ふに然にはあらざるなり。肉体と云ふ変化自然のなわめはほどかれて、真の自由の形に化せられてここに初めて不変化自然が与へられて、其によってすべては自由自在の法は得られ、今後は如何なる場合に於ても、己が欲するままに行動することを得ることを想像し見よ。斯く語らば諸子は一種の空気の固塊が各所をとびまわる如くならんと想像するならん。されど然にはあらざるなり。

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