覚者慈音260

未知日記講義第一二巻  大霊界       巻の四                         NO208
大霊界入門記   前編                 
気光素と光気素について                                               その3
                      教主寛大講述


 気を光の方向に向はしむれば陽となり、寒冷に向はしむれば陰となる。光に於ても同様の関係となるなり。即ち光を陽に働らかすれば、熱度加はりて上昇し、陰に向はしむれば熱度は低下す。よく世人は気をおちつけてと云ふこと語るならん。気をおちつくると云ふは光を気に和せしむることを云ふなり。気よりはなれて光を上昇せしむるは、熱度をたかむるによって一方的にはたらく。気も亦同様にして寒に向はしむれば冷却して是又危ふし。光気ほどよく合体すれば其にて安静は保たる。故に心を平にせよと云ふことは気を安んぜよとの意味にも通ずるならん。常に程よく光気を加減することによって或は安静となり或は苦痛ともなる。この加減塩梅は是又非常に困難なり。光に重点を置かば光気素となり、気に重点ををかば気光素となるによって加減塩梅はむつかしくしてその修業は仲々の殊にらず。光の方が強くはたらけば怒り争ふ結果となり、気力の方が強ければ気光素となりて安静となる。これ即ち光と気の相違なりと承知せよ。短気の人は光気素にして気の長き人は気光素なりと見るも可ならん。然して其等の点より各方面にわたって修養な居せば、安静にして過誤少なし。老年者は気力衰へて怒ること少なしと云ふは、気力衰へたるにあらず。光力が衰へ居るによってなり。壮年者は気力弱くして光力強し。故にたんきにして怒り争ふこと多からん。肉体衰弱すれば気力は失はるるにあらず。光力乏しくなり行くによってなり。光力と気力を平均して保ち居らば、肉体の衰弱も従って少なし。是等の点をよくよく味はひて研究せよ。然してその方法が拡大延長すれば大霊界の四大前門の修養修業の方法も、従って推知することも難きにあらざるなり。
 汝等諸子は肉体を有する間にこの方法を学して世を治め、肉体滅後は是等の延長によって又も天界に入りて、神の使命に順ずることを得ば、幸福より幸福の一路を歩み行くことは当然なるべし。世上にありて天界を知ると云ふは、世上に居ながら天界に移されたる結果と見ても可ならん。然りとならば安楽より安楽の一路を迷はず直行することを得て、永久安楽の世界を現出せしめつつ際限なく不変の魂霊を、安からしむる事の理は察せらるるならん。迷ふことなかれ。
 先にも語りし如く気にも陰陽の区別あり、光にも陰陽の区別あることは察せられたるならん。故に陽の気と陽の光とが交はらば気光素となり、其作用(はたらき)が陽光が強く陽の気が低ければ光気素となる。是を四線の法則より験するには陽気陽光は陽性に働き、陽気陰光中間陽、陰光陽気は陰気となる関係によって、四線の法則は成立したるなり。今是を易学の四象に分ちて説明せん。陽を○白円とし陰を●黒円として仮に図にて現はせば次の如し。
○○ 太陽
○● 小陽
●○ 小陰
●● 大陰


として考ふれば、陽気陽光は大陽に属し、陽気陰光は小陽に属し、陰気陽光は小陰に属すと思ひて考ふれば、自ずと光気素気光素の区別は判明するならん。更に是を一方的に考ふれば、大陽気 小陽気 小陰気 大陰気の区別となり、又大陽光 小陽光 小陰光 大陰光の関係も自然に成立する方法も併せ考へ得ること難きにあらず。ここに於て気光素の働き或は光気素の働きが、如何に複雑微妙なるかは知らるるならん。是を深く追究して考察する時、有言詞の気光素或は光気素、又は無言詞の気光素或は光気素の理を測定する方法は、あまりに深淵にして是を究むるは容易のことにあらず。されど帰するところは有言詞にもあれ、無言詞にもあれ、理は一にして二つなし。よって一理を究むれば万般に通ず。されど是を究めんとせば気素のみを以てしても亦成立することなし。故に気素と光素を程よく調和して是を気光素にて働かすか、或は光気素にて働かすかの関係より推理して、方法を案出せば可ならん。
 

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