覚者慈音254

未知日記講義第一二巻  大霊界       巻の四                         NO202
大霊界入門記   前編                 
第三   ジョウ完成門  (仮称) 又は組織門 成就門   (仮称)                                               その9
                      教主寛大講述


 我かく語らば汝等衆人は云ふならん。神は悪魔と戦ひつつあるにてはあらざるかと。其は宗教者が方便の言葉にして正しき教へをなさざるが故なり。神は悪魔を亡ぼさず、その儘に残し置きて是にも用いかたのあることを知りて、働らかせ居ることは我等はよく知る。神と悪魔との戦ひと云ふことは我等未だ曾て見聞したることなし。宗教者のみが語り居るあやまりたる言葉なり。唯何かの折りに触れて便宜上云ひのがれ難き時に用い居る言葉にすぎず。一度神の手下らば悪魔等は影を没す。其にも不拘神は今尚悪魔を其儘になして是をも使役なし居るなり。さればこそ大霊界には最早悪魔を用ゆるの用なきが故に、一歩たりとも彼等をこの界に入ることを禁じ給ひ居るなり。故に大霊界には悪魔の影何処を求むるもあらざるなり。汝等諸子の世界を見よ。猛獣などは古来の如くはびこり居らずして、次第次第に影をひそめてあるにてはあらざるか。土地は開拓せられて広くなり行く毎に猛獣は影をひそむ。是等の点より大霊界を想像せばうなずかるるならん。宇宙の中には新しき世界が作られつっあるによって、汝等世界より追はれたる猛獣等は新しき所に移され居るにすぎざるなり。大霊界の人類は汝等衆人の世界の人類とは異なり居ることを考あるには、是等の点より考察せばうなずかるるところあらんと我等は信ず。よくよく考慮し見よ。然して汝等諸子の智識を延長して、人間の進化論をはかりなば如何!
 大霊界の人類は四六時中秒時も休まず働き居ると聞きて、汝等衆人は神は人類に安楽を与へず、進めば進む程苦みを与ふるものなりと思はば、其は誤解にして正しき考へにあらざるなり。大霊界の人類は休むを却って苦みとなすによってなり。働きは楽みとなる。即ち汝等諸子の世界とは反対となり居るによってなり。

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