覚者慈音235

未知日記講義第一二巻  大霊界       巻の四                        NO184
大霊界入門記   前編                 



第一 チッ、 再生門 (仮称)         その4
                      教主寛大講述


 全宇宙の物体すべて形によって定まる。故に空間距離数等によって計算することは難きにあらず。是等は科学上より究むることも敢へて至難にはあらざるならん。されど全宇宙の大自然を無始終として、造り上げたる神の力こそ、広大無辺と云ふなり。故に神は広大無辺にして如何なる方法を以てすとも、神の力は曲ぐることは得られざるなり。大自然の力を如何に曲げんとなすとも、其は及ばざることの理は世人も承知なし居るならん。大自然に順ずれば如何なることをもなし得らるれど、順逆転倒すれば是又大自然の力が、その順逆の程度に応じて力を現はすが故に、組織ともなり破壊ともなるなり。其を自由と云ふ。大自然を順歩し大自然に逆歩することに於て、結果は破壊とも亦組織ともなるのみ。是は自然を曲げたるにあらず。組織せんとして破壊の結果とならば、用い方を誤ちたるに他ならずと知るも可ならん。故に自然を曲ぐることは難し。されば自然とは何ぞと深く追究し見よ。世人の心は方法によっては如何にとも化せらるるならん。その心を化せしむるは何か。所謂霊の力なり。霊とは何ぞと深く思惟すべし。
 永年の努力によって完全に稔りたる魂が、大霊界に移されてチの門に於て産声を上げたる嬰児なるが故に、ここに於て更に大自然の父母によって養育せられ、次第に姿形整ひて日増しに発育なして、先づ形の整ふ迄は何等の業務は架せられず育てられるがままに育ちて、唯大自然の父母まかせになされ居るなり。恰も世人の世界の嬰児を聯想せば可ならん。即ち世人の世界の嬰児に匹敵す。されど世人の世界の嬰児とは全く異なり居ることは云ふ迄もなし。この界に生れたるもの十二のそなわりが完全に整ふ迄は、他には何等の任務は架せられざるなり。この十二の法則と云ふことは後に一括して語ることとせん。今は唯十二の法則とのみ語りをくべし。よって諒せよ。
 此門に於て全く育てられたるもの、例へば汝等諸子の世界の嬰児の如く手足のはたらきが整ひ、先づ歩行をなすことを得るに従ひ、片言ながら言葉も口にする様にならば、種々様々の玩具を与へられて遊ぶことを思へ。又抱かれて彼方此方の見聞もすることもなす。此門にては先づ其等に等しき指導を受けて、やがて幼稚園の門に入ると同様の事柄を聯想して考ふるも可ならん。


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