覚者慈音222

未知日記講義第一二巻  大霊界       巻の四                        NO173
   清浄無垢の人間とは如何なるものか  その3
                                                 教主寛大 講述


 この大切なる霊魂を押し込めて是に眼を向けざるが故に、九流界の嬰児に醜しとの感じを与へたるなり。既に九流界ともならば何処に居を定むるとも、不時の災害などによって傷き倒るるものにあらず。諸子は危険なる地球上に居を定めて、其以上の所なしと思ひ居るため、地球の引力にひかれて一日の日も長からん事を望み居れど、斯る危険なる所にては永久の長生は、望まれざることに早くめざめざるべからず。霊魂を明らかにして天界の安楽なる所を見定めて、その場所に居を移さば望は達せらるる道理あるなり。地球上に住居なし居るは一時の宿をかり居るにすぎず。長逗留は却ってわざわひの種子とならん。一日も早く安楽の地を求めては如何! 其には一時の宿をかり居る間に、霊魂を磨き上げて明らかになし、然して其によって己の欲する所を求めて来るに不如。諸子は然とは思はざるや。
 生より生を追ひ求むるとは即ちこの法を云ふなり。地球上に長く生存せんと計るは死を択び居るに他ならず。即ち生より生にあらずして、死より死を歩み居るによってなり。死を択びて何かせんとは思はざるや。死より死を追ひ求むるは是又はてしなし。汝等諸子はこの理を知るや。生より生とは光明より光明と明らかなる方向を意味し、死より死とは暗黒より暗黒の方向を意味すると考ふればうなづかるるならん。未知日記に於て語り来りたる如く、死と云ふものはあらじと語りしは是なり。明より明の道も計り知れず。暗より暗への方向も亦はかり知れざるなり。不滅の原理はかくの如し。是にて生死の不滅論は理解なしたるならん。
 宗教者の語る天国地獄は光明と暗黒の相違あることを、知らしめたるに他ならずと我等は思ふなり。先に語りし蝙蝠界に移さるるとも決して滅するものにあらず。蝙蝠界とは光明の到らざる所にあらず。暗の暗光は彼等を死なしめざるなり。故に不滅なり。限度なきが故に不滅の状態を、暗黒界に於て長く生存なして可なりや。又光明界に移されて己が欲するがままに行動をなし得る所にて、安らかなる不滅の境涯に於て生存するは宜しきか。其は諸子の考へにまかすべし。諸子の思ふ生死より考ふれば、死して其にて終りとなるならば、何を苦んで修養修業などなすべき要あらんや。されど不滅の魂を宿され居る生物は、苦悶より苦悶へと苦みの連続にて、永久不滅の境涯に置かれなば不憫の者とは感ぜざるや。

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