覚者慈音216

未知日記講義第一二巻  大霊界       巻の四                        NO167
 絶対とは如何なるものか          その10                                                   教主寛大 講述


 現在日本の世相は混乱して名伏すべからざる淵に沈まんとなし居る姿、是を我等より見る時は此人類悉くが狂人として取り扱ふの他なし。彼等の病を治癒せしむるはきはめて困難なり。わづかの薬石にては到底救ふこと難からん。是は日本のみにあらず。世界到る処病人ばかりにて健康者と云ふもの一人として無しと云ふも敢て過言にはあらざるなり。アメリカが日本を四等国として蹴落したるに不拘、今は対等の位置に引き上げて是を優遇せんとなし居るは、いささか滑稽の如く見ゆるならん。されどアメリカも病人なり。ロシア又然り。大国に於てすらかくも病人の多ければ従って小国に於ては、健康者の無きも無理ならぬことなり。謂はば一種の流行性病原体が世界に充満して彼等を悩まし居るなり。近代衛生思想の普及してあるに不拘、悪病の終息せざるも是等も一種の世相より来る現はれと見なして可ならん。先づ我等に云はしむれば一種の流行性戦争病と云ふものが、汝等の世界を悩まし居ると見て、早く治癒の方法を択ばずば軈ては猖獗(しょうけつ)をきはめて、多くの死者を出すの憂は免れざるべし。斯る事のあるに不拘日本人は今や講和を控へて、喜悦の余り何か祝いの宴を張らんなどと企みをなし居る政治家の頭こそ嗤ふの他なし。政治家にして斯くの如し。まして何も知らざる民衆に於てをやと、我等は憐憫の情禁ずるあたはず。眼のあたり来るべき何ものかがうかがひ居るに不拘、其を知らざる無智のともがらこそ愚とや云はん、魯とや云はん。心を引きしめて今少し活眼を開きて前途を見よと忠告なすものなり。余事にわたりたり。(昭和二六年七月十八日)
 兎に角無言詞は前途を知らしめ居るに不拘、是を聞く耳なければ是非もなからん。慈音よ。慈声よ然とは思はざるや。汝等は国を憂ひ世界を愁ひて早く此書を完成せんと計り居る心を我等は嘉す。されど此書を読むもの幾何ありや。又此書に眼をむけんとするものの現はるるは何日の日か、時未だ早からん。

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