覚者慈音977 未知日記 第六巻 光明論  下巻 光明論 巻の七  四光の世界  セイキョウ貴尊講義

覚者慈音977
未知日記 第六巻 光明論       
下巻 光明論 巻の七 
教主講、セイキョウ貴尊解説
悟道篇  下
四光の世界


                セイキョウ貴尊 講述
                   2019.5.12


 汝等の世界の列車又は馬車くるま等には車輪の廻転に依て進行し又動力の如何に依て速度の遅速あり。四光の世界には時間空間なければ斯る遅速もなく、車輪なければ転覆の憂なく互に擦れ違ふとも其間に風を生ぜざれば動揺することも無し。物に軽重なければ如何に多くの貨物を積載するも何等の障碍もなく、水陸の相違も道も行程にも何等の影響を感ぜざるなり。汝等の世界の飛行機は墜落すれども四光の世界には斯る恐れはあらざるなり。我、斯るお伽噺とも思はるる真話を汝等に語りて却て汝等の心に動揺を起さしむるのみにて何の益かあらんと考ふる者もあるならん。然り何等の益も無し。さりながら汝等に此事実を語り聞かすには我にも考へありてなり。汝等の肉体を三宝の世界として魂魄を先づ四光の世界となさしめて観察せば我の語る処は決してお伽噺として是を等閑に附せしむること能はざるべし。魂魄霊は汝の肉体に在りて、自由自在に交通するも更に危険はあらざるなり。決して衣食住の心配無く生老病死の苦もなく何等の不安なき筈なり。汝等は三宝の肉体に囚はれて四光の世界を知らざるによりて種々様々の労苦に悩まさるるなり。故に今より四光の社会学をなして此世界に生れかはれよとの理を教ゆるなり。三宝の肉体を誘導して四光の霊界に進めよと教ゆるなり。是ぞ悟道の法なり。
 考古学者或は天地文学者は幾万年前を推理し、又幾万年後を予測す。その真偽は別として是等は智識の働きならん。智識とは即ち四光の世界に等し。故に過去を知り未来を知るは三世の区を超越したると同様ならずや。彼等の心の眼は過去も現在にして未来も亦現在の如き観念なるべし。是を肉体の心意より考察せば三世の理論を発動して三宝と四光の区は混同して名伏し難き論旨となる。考古学者は現在に於て何万年前の有様を見、天文学者は現在に於て何万年後の成行を見る。然らば彼等の眼には過去現在未来は一如なるべし。汝等の肉体は縛らるる憂あれど、魂魄は縛らるる悩み無かるべし。自由の世界は汝等の魂魄に依てのみ組織せらるるなりと云ふも敢て過言にはあらざるなり。先に語りたる如く汝等に無数の手足無数の顔を、又無数の眼を備へても心の眼に光輝かずば三宝界より解脱する能はず。汝等の世界には曇と云ふ陰鬱なる日はあれど、四光の世界には斯るものあらざれば常に明朗なり。汝等の肉体には病と云ふ苦悩ありて心を暗くすれど、魂魄霊には病なし。されば四光の世界の如くに魂魄霊の徳に浴せしむれば、心意は明朗と化せられて病の雲は感ぜざるなり。病を苦と感ぜずば治癒も亦速なり。
 大凡四光の世界に到らんと欲せば三宝の世界より四光の魂に化せしむる修養修行をなして、三宝界よりすべてその準備を整へをかざるべからず。この準備の整ひたる人は覚者なり。即ち仏教に説く仏なり。

×

非ログインユーザーとして返信する